高校野球でベンチ入りするのは、至難の業と言えるほど、難しいです。
ましてや、私立名門野球部となれば、部員数も100名を超えるほどの大所帯!
ベンチ入りメンバーとしてグラウンドに立つ仲間を見ながら、自分はスタンドから声を出す。
その悔しさは、経験した人にしか分からないかもしれません。
それでも私は、ベンチ入りできなかった球児たちから、大切なことを教わりました。
高校野球で、ベンチに入れる選手は限られています。
最後まで練習を続けても、試合の日にユニフォームを着られない球児もいます。
応援席から仲間のプレーを見つめる時間は、本人にとって決して簡単なものではありません。
「どうして自分は選ばれなかったんだろう」
そんな悔しさを抱えながら、それでもチームの一員として声を出し、仲間を応援する。
ベンチに入れなかったからこそ、見えた景色があります。
そして、その時間は決して「野球で負けた時間」ではありません。
高校野球でベンチ入りできなかった一人の球児が教えてくれた、大切なこと。
それは、試合に出ることだけが、野球をする意味ではないということでした。
ベンチ入りできなかった悔しさ
高校野球では努力が必ず報われるとは限りません。
毎日誰よりも練習しても、最後に選ばれる保証はない。
大会間近に行われるメンバー発表の日。
名前を呼ばれなかった瞬間の気持ちは想像を遥かに超えるほどの痛みと悔しさがあります。
情けなくて、苦しくて、
涙が止まらない選手もまた、多いです。
それでもチームのために動く選手たち
しかし本当にすごいのは、その後です。
ベンチ入りできなかったにもかかわらず、ボール渡しにボール拾いで練習を手伝い、スタンドから声を張り上げる
そんな選手はたくさんいます。
主役ではない。
それでもチームのために動き、働く。
私もその中の1人であり、心を打たれたその1人です。
野球が教えてくれる本当の価値
野球は勝敗だけではありません。
試合に出ることだけが大事なワケではない。
自分の役割を全うし仲間を支えて、悔しさを乗り越える。
そうした経験は、大人になってからも必ず役立ち、後の人生に生きてきます。
ベンチ入りできなかった球児が教えてくれたこと
私はベンチ入りできなかった選手たちを見ていて思います。
本当に強い人は、思い通りにならなかった時にどう行動するかで決まる。
結果が出た時だけ頑張る人ではなく、
結果が出なくても仲間を応援できる人。
そんな姿勢こそ、多くの人の心に残るのではないでしょうか。
まとめ
ベンチ入りできなかったことは、決して無駄ではありません。
悔しさも努力も、すべてその選手の財産です。
そして私は、そんな球児たちから野球の本当の価値を教わった気がします。
勝つことだけではない。
誰かを支えることもまた、野球の大切な一部なのだと…
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